第一線で活躍中の翻訳者にインタビュー
ミステリー翻訳の現場から
田口俊樹さんの世界
通称"このミス"、『このミステリーがすごい』が話題になり、書店には新刊の海外ミステリーがずらりと並ぶ。翻訳の中でも「ミステリーがやりたい」と専門学校の門をたたく人は多いと聞く。プロへの道はどのように切り拓けばいいのか。あの名作の翻訳者とはどんな人なのか・・・。今週は、さまざまな角度から翻訳の現場に迫る。
ミステリーにも様々なジャンルがあり、本格ミステリーの他にスパイなどの冒険もの、軽いタッチのコメディ風、そして純文学に匹敵する重厚な作品など多岐に渡る。田口俊樹さんはあらゆるジャンルにチャレンジし続ける希有な翻訳家だ。翻訳に対する彼の姿勢を率直に語ってもらった。
『八百万の死にざま』(ローレンス・ブロック)などマンハッタンで生きるアル中探偵マット・スカダーの活躍を乾いた文体で描いた〈マット・スカダー・シリーズ〉やロアルド・ダール『王女アメーリア』、ジョン・ル・カレの『パナマの仕立屋』など多数のミステリー翻訳を手がけている田口俊樹さん。映画や文学など芸術を志す青年時代に、翻訳者としてのきっかけをつかんだ。そのいきさつを次のように語る。
「同人雑誌に小説を発表したりと書くことが好きだった。いつも何らかの形で書くことに関わっていたかったのです」小説を執筆するというのは、ゼロから新しい世界を作り出すことだ。習作を繰り返すうちに田口さんは自分にはその資質があまりないと感じた。しかし表現することは続けていきたい。そんな時に早川書房の編集者で、田口さんの高校時代の同級生から『ミステリマガジン』の短編翻訳を依頼される。「非常に幸運だったのは、5年間にわたって毎月短編を訳したことです。いろんなタイプの作家の作品を訳させてもらった。今から思うと翻訳の地固めがそこでできたのだと思います」
そしてローレンス・ブロックとの出会いが飛躍の大きなきっかけとなった。「乾いた都会の叙情に感性がぴたりとあったんです」'80年『ミステリマガジン』で初めて『バックレディの死』を翻訳。ブロックの感性、文体が田口さんの感性と一体になったときに“作者と読者と翻訳者が混然一体になる”という至福の喜びを得る。これは翻訳者だけが知っている翻訳者冥利の境地だ。
「昨年はジョン・ル・カレの翻訳に取り組みました。彼は難解な作家で、大いにチャレンジ精神をかきたてられましたね」
ル・カレの『パナマの仕立屋』 (集英社) は'99年の『このミステリーがすごい』のベストテンに入った。
「この作品はディケンズばりのデフォルメが多用されています。ひとつのパラグラフに時制も視点も複数入り乱れるル・カレの文章は必ずしも読みやすいとはいえないですね」
翻訳をするにあたって作品を構築する作者の意図がわかりにくく、作品世界を理解するためにも質問事項が何十カ所にもなったという。「エージェントからあまりにも多いとお叱りを受けましたけどね」
作品に対する田口さんのこだわりの姿勢が、壮大な娯楽作品の翻訳へと集結したのだ。
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:田口さんが感じる「ミステリー翻訳者」としての資質とは?
田口俊樹プロフィール
1950年生まれ。早稲田大学文学部英文科卒。出版社勤務、児童劇団スタッフ、都立高校教員を経て『ミステリマガジン』から翻訳家デビュー。ブロック『八百万の死にざま』、リューイン『探偵家族』など訳書多数。