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Home翻訳者・通訳者インタビュー >中谷和男さん
第一線で活躍中の翻訳者にインタビュー  

翻訳家 中谷和男さん
Translator: Kazuo Nakatani

中谷和男さん
「NHKの特派員時代、英仏の通信社のニュースや取材メモをすぐさまアナウンサーが読めるような原稿にまとめる、という仕事をずっとやっていました。私が書いていたのは『読む』のではなく『聞く』ための原稿でしたから、リズムがあってわかりやすいことが肝心だったんです。今の私の訳文にも、それが表れているのではないかと思います」

Googleの成功を追った『ザ・サーチ』など、話題のノンフィクションの翻訳を手がけている中谷和男さん。自らジャーナリストとして拒食症やアルコール依存症の問題を追い、著作を出してきた経験もある。そんな中谷さんの独特の翻訳哲学をうかがった。

翻訳の仕事はどのように始めたのですか?
東京外国語大学のフランス語科を出てNHKに就職し、社会部を経て外信部に配属になり、20年ほど、特派員生活を送っていました。スイス、フランス、ケニア、タイ、イギリス、韓国など、いろいろな国を回りましたが、その合い間に、ジャーナリストとしていくつか本を出したこともありました。

10年ほど前にNHKをやめて独立、また本を書くようになったんです。もともと外国の本などはよく読んでいましたから、あるとき出版社から「翻訳もできるんじゃないですか」と言われたんです。やってみたところこれが意外におもしろく、今ではすっかり翻訳にはまってしまいました。一昨年には訳書を年間11冊出しましたが、さすがにそのときは疲れたので、今では年に6冊くらい出せれば、と考えています。


翻訳する本は、どのように選ぶのですか?
私の場合、まず自分で訳したい本を見つけ、それを訳すようにしているんです。本はウェブで購読しているNew York Times紙の書評欄で見つけることが多いですね。また、大学と特派員時代の経験でフランス語もわかるので、フランスの週刊誌で本の紹介を読んだりしています。

それから、翻訳の版権を扱うエージェントのところには、海外の出版前の本の原稿が多数あるのですが、いつのころからかそのエージェントと親しくなり、私のところに原稿を送ってくれるようになりました。私はそれを読んでおもしろそうなものがあると企画書にまとめ、出版社やエージェントに送っています。企画が通っても、必ずしも私が翻訳することにはならなかったりするのですが、「自分が日本で最初の読者である」と思うだけで、結構楽しく読めるんですよ。


翻訳の力は、どのように身につけたのですか?
翻訳の勉強を専門にしたことはないんです。ただ、NHKの特派員時代に、英仏語で取材、通信社のニュースを英仏語で読み、それをすぐさまアナウンサーが読めるような原稿にまとめる、という仕事をずっとやっていました。私が書いていたのは「読む」のではなく「聞く」ための原稿でしたから、リズムがあってわかりやすいことが肝心だったんです。今の私の訳文にも、それが表れているのではないかと思います。

最初から日本語で書かれた本に比べ、翻訳ものはとかく読みづらいように思うことがあるかもしれませんが、それはたいていの場合、原文のままに訳しているからです。私は原文を日本語に直すというより、「日本語として筋が通っていること」「高校生でもわかるような本にする」ということを最も大事にしているので、翻訳する際は、いったん原文から離れ、日本人にわかりやすいように再構成することがあります。私のようなやり方に抵抗を感じる人もいるのかもしれませんが、肝心なのは、原文を大事にすることではなく、日本人の読者にその本のおもしろさが伝わることなのです。


わかりやすい翻訳にするコツとは何でしょうか。
例えば、アメリカの本はとにかく厚いんです。1段落も、とにかく長い。アメリカ人は、「知っていることは徹底的に詰め込む」という主義で書いているので、日本人がそれをそのまま読まされると、ひどく疲れてしまいます。

日本ではたいていの人は、電車で本を読むのではないかと思うのですが、できれば10分あればひと区切りつくような長さで書かれているといいですよね。ですから私は、約800字で見出しを一つ入れる、という訳文のリズムを作っているんです。800字程度でしたら、たいていの人は10分以内で読めてしまいます。

1語1語の意味や文法の解釈といったことにはこだわりませんが、言葉の解釈で、間違えてはならないことがあります。例えば、amusement park(遊園地)といったとき、ディズニーランドのようなものを思い浮かべる人が多いかもしれませんが、実際には、アメリカの移動式遊園地のような、地方の小じんまりとしたものを指すことがあります。アメリカは地方に行くと結構保守的で、自分たちの町の中だけの閉ざされた世界で生きている人もかなりいます。例えば、そういうところにあるamusement parkがディズニーランドのような巨大で華やかなものでイメージされてしまうと、話の筋が通らなくなってしまったりするのです。

構文の解釈がどうこうというより、翻訳のときはそういう「文化」を適切に伝えられるかどうかが、大きな鍵になってくると思います。極端な言い方をすると、翻訳とは文章ではなく文化を翻訳し紹介することです。


「文化」を伝える翻訳の力をつけるにはどうすればいいのでしょうか。
日本語でも英語でも、とにかくたくさん本を読むこと。私はひたすら買ってしまうんですが、 買わなくてもいいので、表紙を見て、中をめくっていくと、その本から何らかの世界観が見えてくるものです。また一度でいいから一人きりでバックパッカー的な旅行をし、異文化への「触れ方」を知ることです。

それから、背景を調べること。私の場合、原文の中にHabsburg(ハプスブルグ家)といった言葉が出てくると、それがいったいどういう一族なのか、納得行くまで調べないと気が済まないんです。調べたことをそのまま訳に使うというわけではなくても、背景の情報を知っているのといないのとでは、自ずと訳文が違ってきます。


これからは翻訳の仕事に専念されるのでしょうか。
私がジャーナリストとして手がけていたテーマは、拒食症やアルコール依存症といったもので、私自身カウンセリングの勉強をするなど、かなり深くかかわりながら取材をしていました。こういったジャーナリストというのは、現場にいて、情報源となる人脈がどれだけあるかということが勝負になります。今は現場を離れてしまったので、もうジャーナリストとは言えないかもしれません。

今の目標は、翻訳家として自分がおもしろいと思ったものをできるかぎり世に出していくこと。ノンフィクションに限らず、小説にも興味があります。


自分の企画を世に出すための秘訣をお教えください。
たいていの出版社は、いい企画が持ち込まれるのを待っていると思います。編集者も、自分で海外の出版物に関する情報を集めてくるのは大変だからです。でも、本当におもしろいと思ってもらえるような企画を出すには、自分が死ぬほど本を読んでいなければなりません。普段それほど本を読んでいると言えるかどうか、まず考えてみてください。

中谷和男さん
中谷和男(なかたに かずお)

東京外国語大学フランス語科卒業。NHK入局、社会部を経て海外特派員に。ベイルート、ナイロビ、ソウルの各支局長、バンコクでアジア総局長、パリでアラブ・アフリカ・ヨーロッパ総局長などを務め、1995年退局し、独立。訳書に『陸軍尋問官』(クリス・マッケイ著、扶桑社)、『プロファイリングビジネス』(ロバート・オハロー著、日経BP社)、『グローバリズムの「失敗」に学ぶ15の原則』(マービン・ゾニス著、アスペクト社)ほか多数。著書に『拒食症の女たち―なぜ彼女らは痩せたがるのか』(廣済堂出版)、『アルコール病棟―昭和大病院からの報告』(白亜書房)など多数。現在、世界の巨大同族企業を描いたDYNASITIES(PHP研究所より刊行予定)などを翻訳中。

中谷さんのメールアドレスは

『ザ・サーチ』
『ザ・サーチ』
ジョン・バッテル 著、中谷和男 訳
(日経BP社/1890円)


Googleの「サーチ」(検索)は、文字が始まって以来の文明改革であるとするノンフィクション。IT用語が多数登場するが、中谷さんによって、ひとつの文明論として読めるように工夫されている。「一般の方々にはわかりやすくなったようですが、IT関係の方々にはかえって意味が取りにくいと不評です(笑)。実は、私はもっと平易な言葉で書いていたのですが、IT世代にはある程度専門用語でもよいのではないかと、編集者と相談して直したところもあります」(中谷さん)。
『ザ・サーチ』を買う

『野蛮の世紀』
『野蛮の世紀』
テレーズ・デルペシュ 著、中谷和男 訳(PHP研究所/2100円)

フランスで最高峰の賞を受賞したノンフィクション。テロ、核兵器、中国、ロシアといった今日的なテーマを扱っているが、「原書はサルトルを読んでいるのではないかと思わされるような、哲学的な本。日本語ではそういったまわりくどいところはできるだけ排除しました」と、中谷さん。中谷さん自身が発掘、フランス語から直接訳出した。
『野蛮の世紀』

『死体闇取引』
『死体闇取引』
アニー・チェイニー 著、中谷和男 訳
(早川書房/1680円)


アメリカで一大ビジネスと化している、死体の売買を追ったノンフィクション。これも、中谷さん自身の企画が実現したもの。医療機器メーカーの実演や軍の実験などのために、火葬場や大学などが死体のパーツを提供しているという、衝撃的な内容だ。中谷さんのジャーナリストとしての経験が生かされた一冊。
『死体闇取引』を買う

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