第一線で活躍中の翻訳者にインタビュー
村松増美さん インタビュー
Masumi Muramatsu
上達の極意は好奇心 〜 禁を破った捕虜との会話
持ち前の好奇心を発揮して、戦争中に捕虜と会話したのが、思えば長い英語人生の始まりだった。英語習得に向いた資質を端的に表すこの体験を語ってもらった。
Q .お話をうかがってると、村松さんは、好奇心がお強かったんですね。
A .そうですね。後に英語屋になるための特性というか適性がすべてあらわれていたできごとが中学生の時にあったんですが、それも好奇心からでしたね。
Q .学徒勤労動員で働いていらっしゃる時に捕虜と会話してお仕置きを受けた事件ですね。どこでお会いになったんですか?
A .私たちは飛行機屋の卵だというので、学校のすぐ隣の工場で、いわゆる有名なゼロ戦というのを組み立てていた。私は手先が器用だったから、鋲打ちをやりました。の下町打ちってわかりますか? 飛行機の翼とか胴体とかを、ジュラルミンという合金の板を重ねての下町でとめて形にするんですが、それを私がやっていたころ、この工場に連合軍側の捕虜も働かされていたようなんです。それとも、近くに捕虜収容所があったのかもしれません。とにかく、昼休みに二人ほど、痩せて、作業服を着た西洋人が休んでた。
Q .そこで話しかけたんですか。何をお話しになったんでしょう?
A .私が音頭をとって、「何か話しに行こうや」と言い出して、あと3人と語らって「Hello」と言ったわけですよ。その時の「Hello」は「Hero」だっとと思いますよ。「l」 の発音なんてできないんだから。でもその状況下では向こうにも「Hello」だということがわかるわけです。だから私は、「lとrの違いは状況でわかるものだ、間違ってても、状況によっては通じるんだ」、という説をとっているんです。ちゃんと発音できないからといって日本人はそんなにしょげることはない。
とにかく、向こうは弱々しく微笑んで「Hello」と答えた。「お、通じたよ」というので、私が全部会話をやったんですが、「Where
are you from?」と教科書通りにやったわけです。すると向こうが「ベラベラー」というので、もう私らはわかりません。もう一度、「Where
are you from?」。
そうしたら、今度は向こうの答えの中に、「Java」という言葉があった。「Java」は今で言うインドネシアです。当時は「蘭領ジャワ」と言った。で、「Java」について何か私が知ってることを話そうと思って、「バンドン」いう地名を聞いたことがあったので「バンドン?」って言ってみたら、「Oh,
Bandung! Bandung! 」と大喜びしましてね。
Q .すごい度胸ですね! それが英語を通じさせる極意なんでしょうか?
A .要するに相手が認知できることを言えばいんです。完全な文章である必要はないし。向こうも寂しいから子供が何か言ってきたらうれしいでしょう? こっちも好奇心で話したい。とにかく「蘭領東印度」から来たようだから、「オランダ人だな」と思ったので、「オランダ?」と聞いたら、「Holland! Holland!」と実にうれしそうでした。それが忘れられないですね。ほとんど顔を思い出せそうな気がしますよ。
Q .でもそんなに次々と共通の話題が見つかるものでしょうか?
A .オランダの人だとわかったら、次は何の話をするか。オランダならチューリップでしょう。で、「チューリップ?」と言ったらこれは通じない。じゃあ絵を描こうというわけでで、棒切れで乾いた土の上に花を描いたら、「Oh,
tulip!」とものすごく喜びました。そりゃ、寂しい時にね、異国で子供が母国のチューリップのこと絵を描いてくれたら、少なくとも敵ではないですよ、その瞬間はね。友人ですよ。で、「チューリップの次は何だろう。風車かな」と思って、でも「windmill」なんて単語は知りませんから、また絵を描いたけどこれは通じない。向こうも首をかしげて、でもニコニコと微笑んで。
Q .なるほど。絵を使うわけですね。素晴らしい体験ですね。
A .いやあ。でも、それでその日は終わって、で、あくる日、またもうちょっと何か話して、そしたら3日目に軍人とっつかまってお仕置きをくらいました。体罰です。4人並んで立たされて、お尻を竹刀で叩かれて。もう立てないほどひどく。その時は悔し泣きに泣いたですね。痛いよりは悔しかった。何を悪いことをしたんだ、なぜ罰せられなくちゃいけないんだ、と思ってね。
Q .この体験から、コミュニケーションに大切なことを、いくつか学ばれたんですよね?
A .ものおじをしない、まずは口を開くというのが英語の上達にはいちばん大事なんです。それから、何か返って来た答えに対して、私が何を語れるか、話題を提供できるかどうかですね。「Java」ときいたら「Bandung」、「Holland」と聞いたら「tulip」。そういう才覚のない人、積極的に何かを語ろうと言う気のない人は、いくら発音がうまくたって会話の型を覚えたって、話しても面白くないから会話は続きません。
著書紹介
「新編
私も英語が話せなかった」
同時通訳者、教育者として著名な村松増美しが、英語との関わりをはじめ、国際通訳の経験などからえた「生きた英語」を学ぶコツを楽しく紹介。
村松 増美 (著) 日本経済新聞社
1,500円
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