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Home翻訳者・通訳者インタビュー >工藤幸雄さん
第一線で活躍中の翻訳者にインタビュー  

翻訳家 工藤幸雄さん
Translator: Yukio Kudo

Yukio Kudo

「語学の習得には、血のにじむような努力また努力の積み重ねが必要です。わからないことが次から次へと出てきて、辞書だ文法書だと、机の上に山のように積み上がってしまいます」

英語、ポーランド語、ロシア語、フランス語による翻訳を手がけ、なかでもポーランド語に関しては、ポーランド文学の日本への紹介者としての役割を果たしてきた工藤幸雄さん。その翻訳歴は半世紀におよび、80歳を迎えた今も現役翻訳者として活躍している。2004年に自身の生涯ついてまとめた『ぼくの翻訳人生』を著した工藤さんに、翻訳家にとって大切なことは何かをうかがった。


これまでにどんな翻訳の仕事をされてきたのですか?
戦後すぐ、ぼくは東京大学仏文科の学生だったのですが、その頃から、ロシアの文学作品を自主的に翻訳したりしていました。本として初めて出たのは、友人、田中融ニの誘いで映画の原作を共訳した『泥棒成金』です。これは英語からの翻訳で、その後も英語のミステリの短編をいくつか手がけました。さらにロシア文学作品を1冊手がけ、次にポーランドの若手作家マレク・フラスコの作品を訳しました。

このフラスコの作品を手がけたときは、ポーランド語はまだ独学の生かじりの状態で、実はフランス語の訳本を頼りにしました。「この言葉は知らないからできない」と思って断ってしまうのではなく、何かできる方法があるならば、それでやってみる、ということも大切だと思います。

アメリカに留学した後、共同通信社の記者として働いている間もポーランド文学を中心に翻訳を続けていました。そのうちワルシャワ大学日本学科に招かれてポーランドに講師として赴任、その体験を綴った著作も出すようになったのです。


語学はどのように習得されたのですか?
ぼくは満洲の生まれで、子どもの頃は街を歩いているとロシア語を耳にすることがあったので、外国語に興味を持つようになったのは、そういった経験と無関係ではないかもしれません。フランス語をやるようになったのは、かつて全盛を誇っていたフランス映画の影響が大きいと思います。

英語は、浪人時代に英作文を相当やりまして、戦後、進駐軍の機関や「極東国際軍事裁判所」で翻訳の仕事などをして生活費を稼ぎました。裁判所の翻訳課の上司はアメリカ人で、「君の翻訳文には、俗語的な表現と格式ばった文体が混じっている」と注意を受けたりしたものです。その頃は、言葉のレベルの違いなんて知りませんでしたからね。

語学の学校にも、せっせと通いました。日米会話学院という英語学校は今も健在ですが、ぼくは約60年前の、創立当初の生徒です。フランス語はアテネ・フランセに、さらにロシア語は御茶ノ水のニコライ堂の付属学校で学びました。ポーランド語は、アメリカ留学中に大学院で授業を受けていました。

こうして自分ではいろいろな言語を学んでいますが、いくつもの外国語を勉強することは、決してお勧めできるものではありません。何しろ、時間を取られすぎるのです。最近のテレビの語学講座を見ていると、冗談を言って楽しんでいるうちに、いつの間にか語学が身につくものと錯覚してしまいそうですが、実際は、血のにじむような努力また努力の積み重ねが必要で、わからないことが次から次へと出てきて、辞書だ文法書だと机に山のように積み上げて……というありさまです。

それでも、どうしても複数の語学をやってみたい人は、ひとつの外国語に取り組んだら、類似の言葉に挑むといいでしょう。フランス語をやったら次はスペイン語かイタリア語。ドイツ語だったらオランダ語、スカンジナビア諸語などをお勧めします。


翻訳の仕事に必要なことは?
翻訳家とは外国語ができる人のことだと思っている人がいますが、ぼくたちの仕事は日本語を書くことですから、日本語が何より大事な基礎であり、翻訳家になるための大原則でもあります。日本語に上達するには、日本語で書かれた文章をひたすら読み込むことです。いい文章があれば、書き写してみるのもいいでしょう。翻訳家は、男性の言葉・女性の言葉、若者の言い方・老人の言い方など、さまざまに使い分けなければなりませんが、これを習得するには、何度でも自分で書いてみることです。

ときには、翻訳をしながら自分で文章を書かざるを得ないことがありました。ジェームズ・A・ミッチェナーの『ポーランド』は、ポーランドの歴史と代々この国で生きる家族の姿を描いた壮大な小説ですが、あいにく大事な19世紀の記述が抜け落ちていました。そこで、ぼくは訳者として、40ページにも及ぶカッコつきの補筆をやってのけたことがあります。この小説は、「現代まで続く家族の話」であるのに、あるところで一家の一人息子らしき人物がうっかり(?)死んでしまうので、実は弟がいた、という話を加えたところもあります。

もちろん、手を加えずに済むならばそれに越したことはないのですが、翻訳をしているとどうしても、原作のほころびをつくろってあげたくなってしまうものです。ミッチェナーの生前、アメリカ・フロリダ州にある自宅を訪ね、「実は少々加筆しました」と謝ってきたので、それで許してもらえたものと思っています(笑)。


言葉に大変こだわりがあるそうですが。
昔から巷で使われている言葉が気になって仕方がないのですが、これは翻訳に携わる者の必須条件ではないかと思っています。私の言うことが「細かすぎる」と思えるようでは、翻訳はあきらめたほうがよいかもしれません。

例えば、どこかでとっくに指摘されているかもしれませんが、「ドレミの歌」の「ド・レ・ミ」は、do・re・miです。なぜreはレモンlemonの「レ」なのでしょうか。私は常々、「redのレまたはrailのレとしてはどうか」と唱えてきたのですが。日本語の中に根を下ろしてそのままになっている間違いとしては、ロシアのゴーゴリの戯曲『検察官』というタイトルにもあります。原題はフランス語の「お目付役」の意味に近いので、「査察官」とか「監査官」あたりに改題すべきです。

テレビのCMを見ていると、商品名のせいか、successの前の方にアクセントを置く読み方が聞こえてきます。英語の試験でsuccessのアクセントを問う問題を出したら、大半の生徒が間違うのではないでしょうか(正しくは後半部分にアクセント)。発音と表記の問題で言えば、「ホテル」が「ホッテール」でないのはもうあきらめるとしても、「テクニック」は少しでも英語に近く「テクニーク」とすべきではないか、などと考えてしまいます。

これまでは、こんなふうに言葉にこだわる人は少なかったたように思うのですが、今なぜか「日本語」がブームになり、日本語に関する本が多数出版されています。恐らく、倒産・破綻・失業・贈収賄・学力低下など、最近の日本を巡る状況に不安を感じる人が増えているのではないでしょうか。日本語は日本人にとっての文化の礎、現代にあって唯一信じられるものになっているのかもしれません。


80歳まで現役翻訳家であり続けるには?
健康法というのは、特にないんです。お酒は焼酎をよく飲むし、タバコも1日1箱程度。食べ物の栄養がどうこうと理屈をこねるのは、あんまり好きじゃないですね。何か気をつかっていることがあるとしたら、着るものでしょうか。昔からオシャレに関心があったものですから。


Yukio Kudo
 
工藤幸雄(くどう ゆきお)

東京大学文学部仏文科卒業。在学中より翻訳活動を始める。アメリカのインディアナ大学大学院に留学。共同通信社記者を経て、ワルシャワ大学日本学科講師として、7年間ポーランドに暮らす。帰国後、多摩美術大学教授に。主な訳書に『ブルーノ・シュルツ全小説集』(平凡社/11月刊行予定)、『よろこびの日』(岩波書店)など。著書に『ぼくの翻訳人生』(中央公論新社)、詩集『不良少年』(思潮社)、『ワルシャワの七年』(新潮社)など。

『ぼくの翻訳人生』
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工藤幸雄 著(中央公論新社/定価861円)

満洲での少年時代から近年の翻訳・著作活動など、半世紀に及ぶ工藤幸雄さんの生涯を振り返る一冊。戦後の生活の様子など、今の日本との違いに驚かされつつも、言葉を習得するための努力には、大いに共感できる部分が多い。最近のテレビや雑誌を見て感じた「うるさすぎる言葉へのこだわり」なども収められ、自分でも身の回りのおかしな日本語を探してみたくなりそう。
『ぼくの翻訳人生』を買う

『ポーランド』上・下
ジェイムズ・A. ミッチェナー 著、工藤幸雄 訳(文藝春秋/定価各2039円)

ポーランドの壮大な歴史を舞台に、身分が異なる三家族の姿を描いた小説。工藤さんが「補筆」をした思い出の作品ではあるが、アメリカ人であるミッチェナーが度々ポーランドに渡り、徹底的な調査の末に書きあげた力作であることに変わりはないそうだ。
『ポーランド』を買う

『ブルーノ・シュルツ全小説集』
ブルーノ・シュルツ 著、工藤幸雄 訳(平凡社/定価未定、11月刊行予定)

ユダヤ系ポーランド人だった、20世紀ポーランドを代表する異色の作家ブルーノ・シュルツの全集(新潮社『ブルーノ・シュルツ全集』より改題・再発行)。日本におけるポーランド文学の第一人者である工藤さんが、「シュルツはぼくにしか訳せないというくらいの気持ちで取り組んだ」という力作。

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