第一線で活躍中の翻訳者にインタビュー
映像翻訳の現場から
サイバー世界をどう表すかが映画『マトリックス』の課題だった
----林 完治さん
劇場公開映画の字幕を担当することは、映像翻訳者を目指す人なら誰でも一度は憧れたことがあるのではないだろうか。最近は、字幕翻訳養成の講座も多く開かれるようになっている。だが、こうしたコースの人気と反比例するように、実際の仕事はかなり少ない。この狭き門をくぐって活躍する若手の注目株、林完治さんにお話を伺った。
偶然の出会いから字幕翻訳の世界へ
昨年、大ヒットした映画『マトリックス』。この字幕を担当したのが、今日登場する林完治さん。大学では英文科を卒業、さぞや、大学時代も英語の勉強に明け暮れたのでは、と伺うと、「学生時代はディスコ通
いとインベーダーゲームに忙しくて、英語の勉強は大学の授業だけでした。体重も今よりも20kg少なくて、スリムだったんですよ」と言う。林さんは、『マトリックス』をはじめ『スターウォーズ三部作特別
篇』、『交渉人』、『L.A.コンフィデンシャル』など劇場映画のヒット作を次々と手がけている人気の翻訳者なのだが、気取りがなく、実に率直な人だ。
林さんの字幕翻訳家としての出発は、大学3年生の春休み。アルバイトの求人広告を見てある塾の講師になり、そこで菊地浩司氏と出会ったことがきっかけだ。実は、菊地浩司氏は『アイズ・ワイド・シャット』や『ディープインパクト』、『ユニバーサル・ソルジャー ザ・リターン』など、アクションやSFをはじめ多くの劇場映画の字幕を手がける第一人者。映画好きな林さんは、師弟関係というには大げさだが、次第に菊地氏の影響を受け、菊地氏が設立した字幕翻訳の会社に入社、そこで劇場映画のレンタルビデオの字幕製作の仕事に着手する。「映画のビデオレンタルが本格的に開始された時期でしたから、時代のニーズが僕らを要求したといっていいでしょうね。ラッキーでした」
とはいえ字幕翻訳家の世界で、しかも劇場映画を担当するようになるというのは並み大抵のことではない。公開される映画の本数は決まっているので、劇場映画の字幕翻訳を希望しても所詮は「狭き門」。では林さんはいかにしてこの世界に入ることができたのだろう。
「レンタルビデオの字幕翻訳をやり始めていた頃から、業界の周辺にいて、そこから仕事に結びついたんです。本当に、偶然ですね」
『マトリックス』のようなSFは造語の英訳にひと工夫
字幕翻訳家として15年、劇場字幕を初めて手掛けてからほぼ10年という林さんでもいつも悩むことは同じ。限られた字数に合わせて、日本語をはめ込んでいくのは、今でも四苦八苦の連続だそうだ。例えば大ヒットした『L.A.コンフィデンシャル』だが、この映画は最後にセリフによって謎解きが行なわれる。字数が決まっているため、事件解決のための場所や日時といった具体的な言葉と事件の核心に触れる事柄のチョイスが難しかった。「それに初めて試写
で映画を見たとき、登場人物の顔がみんな同じに見えて、困りましたね(笑)」。
また『マトリックス』はコンピュータの知識がない人たちにサイバー世界の
ことをわかってもらうことが大きな課題だった。たとえば、キアヌ・リーヴス扮する主人公のネオが、マトリックスの世界のことを知るシーンがある。 [モーフィアス(ローレンス・フィッシュバーン)がキアヌ扮するネオにマトリックスのことを語るシーン]
Your appearance now is what we call "residual
self-image".
It is the mental projection of your digital self.
直訳すると
「今の君の姿はわれわれが呼ぶところの自己の残存イメージ。
デジタル化された自己の精神投影だ」
と、なんとも難解になってしまう。
これを林さんは次のように訳した。
「今の君の姿はマトリックスにいた時の記憶が映し出した残像だ」
『マトリックス』 ワーナー・ホーム・ビデオ 税抜 標準希望小売価格 3.980円(発売中)
「これはほんの一例ですが、このほかにも、パソコンを使っている人なら当たり前のコンピュータ用語をそのまま使えないことが困りました。この手の映画は感覚的にわかる人なら極端な話、字幕なんかついていなくても充分に楽しめます。現に小学生もずいぶん見に行ったそうですから。TVゲーム世代には無条件に楽しめる映画だと思いました。逆についていけない人にはどんな字幕をつけてもダメだなと思ったのが、初めて試写
でこの映画を見たときの感想です」
【映画字幕翻訳家 林完治プロフィール】
愛知県生まれ、39歳。上智大学文学部英文科卒。在学中から菊地浩司氏に師事。年間30〜40本の字幕翻訳を手がける。最近作に『Summer
of Sam』『Romeo Must Die』『NYPD15分署』『イグジステンズ』などがある。
明日は、林完治さんに聞く「劇場映画の字幕翻訳、その内側」。知られざる現場に迫る!
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