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Home翻訳者・通訳者インタビュー >古沢嘉通さん
第一線で活躍中の翻訳者にインタビュー  

翻訳家 古沢嘉通さん
Translator: Yoshimichi Furusawa

Yoshimichi Furusawa

「小説の良し悪しを見極める鑑定眼には自信があり、翻訳を職業にしている自分の拠り所にしています。私がおもしろいと思った本は、読み巧者の読者になら、たいていおもしろいと思ってもらえるはずです」

会社勤めをしながらデビュー、独立して約16年間大阪で翻訳家生活を続けてきた古沢嘉通さん。アメリカでは発売と同時にニューヨーク・タイムズのベストセラー・リストNo.1に躍り出る人気作家、マイクル・コナリーの訳者として知られている。大阪での翻訳家生活や、コナリーの最新作についてうかがった。


翻訳に興味を持つようになったのは?
まず、最初にSFありきでした。10歳の頃にSFというものがあることを知り、小学校の図書館にあったSFと名のつく本は、ほとんど読みつくしました。それからはSFファン道まっしぐらで、高校生のとき、神戸大学SF研究会の「お兄さんたち」と出会い、彼らが発行したファンジン(同人誌)『れべる烏賊』三部作を目にしたのが、その後の人生を決定づけたと言える出来事でした。

1970年代前半当時は、翻訳SF冬の時代と言っても過言ではなく、そのころ絶頂を極めていた英米のSF作品が、日本ではほとんど翻訳されていなかったんです。読みたかったら、原書を読むしかない。それを神戸大SF研究会の人たちは実践していました。最新の先鋭的な英米SFを読みまくり、紹介記事を書き、翻訳まで載せていたのが『れべる烏賊』だったんです。長編一冊丸ごと訳載されていたんですから、いかに凄い代物か想像がつくでしょう。

生意気盛りの高校生としては、そういう猛者たちと対等に(?)話をするためには、自分もSFを原書で読むしかない、と思ったわけです。乏しい小づかいを工面しながらペーパーバックを買いあさったんですが、よせばいいのに、マイクル・ビショップやR・A・ラファティといった非常に癖のある難解な作家の本ばかり買ってしまって、高校生の英語力じゃ、読めるわけないです(笑)。

それでもなんとか読み続け、英語を読むことへの抵抗感のようなものが、かなり薄れていきました。初めてまともに原書を読めたなあ、と思えたのは、一浪ののち、大学へ入って、アーシュラ・K・ル=グィンの「ゲド戦記」シリーズや『所有せざる人々』を読んだときです。背伸びせずにル=グィン程度で手を打っておけばよかったと後悔しましたよ。

根が怠け者なので、英語の勉強というのは、まったくと言ってよいほどしていません。英単語を覚える以外に受験勉強もほとんどしなかったなあ。だから、浪人したし(笑)。SFというのは非常にロジカルな小説であり、翻訳もまたロジカルな行為です。SFを原書で読むことで、翻訳に必要な語学力と論理展開力が自然と身についた……ということにしておきましょうか。


プロデビューしたのは?
大学卒業後は大阪でメーカーに就職したんですが、あるとき、とあるSFの集まりで、以前から知り合いだった翻訳家の大森望さんに会い、「翻訳の仕事をしてみないか」という誘いを受けたんです。

ちょうどその頃、東京創元社が新しい翻訳ものシリーズのために訳者を探していたところで、1年後には初の単独訳書『ハスターの後継者』上下巻(マリオン・ジマー・ブラッドリー著、東京創元社)が出ました。会社を辞めて翻訳に専念したのは、その2年後です。以来、約16年ずっと、大阪で翻訳の仕事を続けています。


どんな作品が多いのですか?
SFファンですから、当然、SFを訳します(笑)。ただ、SFの翻訳は難しいんですよ。難しいというより、手間がかかるというのかな。造語はごまんと出てくるし、科学の基礎的な素養は必須ですし……。イアン・マクドナルドという、アイルランド文学の系譜を引くSF作家の長編を2冊訳していますが、2冊訳すのに、正味2年かかりました。1年1冊しか訳書が出ないようでは、専業翻訳家は、食っていけません。

誰が訳したって同じになるような、つまらないSFは訳したくないんですが、私が自分で訳したいSFは、時間がかかるものばかりなんです。SFは訳したい、でも食えなくなるのも困る。ジレンマですね。

ミステリでは、マイクル・コナリーとグレッグ・ルッカというハードボイルド系の作家を訳していることから、ハードボイルドが好きだと思われているかもしれませんが、あくまでも、たまたま、です。SFファンであるまえに「物語」が好きだという大前提があるので、よくできた小説が好きなんです。小説として、自分がおもしろいと思えば、なんでも引き受ける心づもりをしています。

話はちょっと逸れますが、語学力を含めた翻訳の技術という点に関して自己採点すれば、私は、「平均的な訳者」だと思います。私より上手な翻訳家は大勢いるでしょう。ただし、小説の良し悪しを見極める鑑定眼には自信があり、翻訳を職業にしている自分の拠り所にしています。私がおもしろいと思った本は、読み巧者の読者なら、たいていおもしろいと思ってもらえるはずです。

そんなこんなで、ここ10年ばかり、「たくさん売れる本か、おもしろい本しか訳さない」と標榜しているんですが、前者のオファーはまったくないですね(笑)。ですから、この10年間で私が訳した本は、「おもしろい本」しかないんです。ほんとですよ。


最新の訳書『暗く聖なる夜』についてお教えください。
ハリウッド署殺人課刑事ハリー・ボッシュを主人公としたシリーズの第9作で、シリーズ最高傑作です。ハードボイルドの感傷と、本格ミステリの謎解きがみごとに融合しています。いまどきはやりの「泣ける小説」でもあります。訳者あとがきでも書きましたが、訳していて、ほろりとさせられたという希有な体験をしたほどです。ぜひ読んでください。

作者のコナリーは、2006年に50歳で、円熟期にさしかかったところでしょうか。元々、うまい作家だったんですが、近年ますますその腕に磨きがかかってきました。ボッシュ・シリーズは現在11作まで書かれていますが、まったくマンネリに陥っていないところにコナリーの非凡な才がうかがえます。第11作The Closersは、コナリーとして初めて、権威あるニューヨーク・タイムズのベストセラー・リストで、第1位に輝いたんですが、10月に出た非シリーズ物The Lincoln Lawyerでも、1位になっています。つまり、発売即ベストセラー・リストのトップに躍り出ることが約束されている売れっ子作家の一人になったということでしょう。いったいどこまでのぼりつめていくんでしょうね。

コナリーは世界的なベストセラー作家になっちゃいましたし、ボッシュは引退前以上に積極的に事件に立ち向かっており、私生活にも新たな展開があります。私はまもなく47歳になるんですが、この歳で、伴侶を得たのは良いものの、ついでに35年のローンまで抱えてしまったんで、彼らに大いにあやかりたいものです。コナリーが売れてくれないと、ローンが返せないですからねえ(笑)。


大阪で仕事を続ける理由は?
独立した当初、「東京に出てこないとダメだよ」と、業界のある人に言われたことがあったんですが、元々へそまがりな人間なので、「だったら、絶対に出ていかない」と決めました(笑)。というのは冗談ですが、大阪で仕事をして食えているので、東京へ行こうという気はありません。

デメリットは、何かあるのかなあ。原稿のやりとりや連絡は、Eメールと電話で済みますし、校正紙は宅配便で出せば、翌日には届きます。そういう面の問題は、まったくないですね。元来、人付き合いの悪い人間なので、必要以上に人と会わずに済むのは、東京以外で暮らしているメリットと言えるかもしれません。


会社を辞めたときに不安は?
7年半会社勤めをしましたが、先にも述べたように、人付き合いの嫌いな人間がよくもまあそれだけ長い間、大勢の他人とどうにか付き合っていられたなあ、と、今から思うと不思議でしかたがないくらいです。ですから、不安よりもうれしさのほうが大きかったですね。

一方で、食えなくなる不安というのは、独立した当初から現在にいたるまで、つねにあります。ここ数年、翻訳ミステリがひどく売れなくなってきており、翻訳家をとりまく状況というのは、悪化の一途をたどっております。「よい仕事を続けていれば、食えなくなることはない」と信じたいのですが……。


翻訳の仕事で特に苦労されている点は?
「苦労」が目立つ訳文にはしたくないですね。そのための苦労をしています(笑)。


Yasuo Nakamura
 
古沢嘉通(ふるさわ よしみち)

大阪外国語大学デンマーク語科卒業。会社勤めの傍ら、SF小説『ハスターの後継者』の翻訳でデビュー。その後、翻訳の仕事に専念。1992年、マイクル・コナリーの処女作『ナイトホークス』(扶桑社)を手がけ、『シティ・オブ・ボーンズ』(早川書房)、『夜より暗き闇』(講談社)などコナリー作品の大半を訳している。1998年、イアン・マクドナルド『火星夜想曲』(早川書房)で第8回BABEL国際翻訳大賞新人賞を受賞。2004年、テッド・チャン「地獄とは神の不在なり」で第35回星雲賞海外短篇部門を受賞。 ホームページ: Furu's nest

『暗く聖なる夜』上下巻
Yoshimichi Furusawa
マイクル・コナリー 著、古沢嘉通 訳
(講談社文庫/定価各840円)


「ハリー・ボッシュ」シリーズの第9作。ロス市警の刑事だったボッシュは、前作で退職、今回は一個人として現役時代の未解決事件を追う。本作から物語が一人称(「わたし」)で進むなど、文体上の工夫が。前作と、そして原文と読み比べてみると興味深いだろう。講談社『IN POCKET』バックナンバーに古沢氏による紹介記事がある。

* 『IN POCKET』の「あなたが選ぶ'05文庫翻訳ミステリー」で第1位を獲得
『暗く聖なる夜』を買う

『奇術師』
Yoshimichi Furusawa
クリストファー・プリースト 著、古沢嘉通 訳
(ハヤカワ文庫FT/定価987円)


世界幻想文学大賞を受賞、国内でも2004年の発売時、各種ベストテンでランクインした話題作(ミステリチャンネル「闘うベストテン」1位、講談社IN★POCKET誌「文庫翻訳ミステリーTHE BEST10」総合3位、週刊文春「ミステリーベスト10」5位、宝島社「このミステリがすごい!」10位)。20世紀初頭の天才奇術師2人と、その子孫がからんだファンタジー。クリストファー・ノーラン監督で映画化が進行中。
『奇術師』を買う

『火星夜想曲』
Yoshimichi Furusawa
イアン・マクドナルド 著、古沢嘉通 訳
(ハヤカワ文庫SF/定価945円)


火星を旅する博士は、小さいオアシスへとたどり着き、やがてそこは人々の住む町へと成長していく……。半世紀にもわたる壮大な物語。かつて雑誌『翻訳の世界』のベストテン投票により年間ベスト翻訳書の2位に選ばれ(ちなみに1位はスティーヴン・キングの『グリーン・マイル』)、古沢氏は本書で第8回BABEL国際翻訳大賞新人賞を受賞。
『火星夜想曲』を買う

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